名古屋高等裁判所 昭和45年(ラ)107号 決定 1970年10月05日
名古屋市昭和区滝川町二五番地
抗告人
玉井操
右代理人弁護士
大矢和徹
同
原山剛三
名古屋市瑞穂区瑞穂町西藤塚一の四
相手方
昭和税務署長
右抗告人より名古屋地方裁判所昭和四一年(行ウ)第二号課税処分取消請求事件につき、同裁判所が昭和四五年六月二二日なした文書提出命令の申立に対する却下決定に対し即時抗告の申立があつたから、当裁判所は次のとおり決定する。
主文
本件抗告を却下する。
抗告費用は抗告人の負担とする。
理由
抗告人は「原決定を取消す。相手方は提出命令申請に係る書類一切を提出せよ。」との裁判を求め、その理由として別紙のとおり申立てた。
本件記録を調査すると、原決定正本がその代理人原山剛三に送達されたのは、昭和四五年六月二六日であることは、同記録中の郵便送達報告書により明らかであり、本件抗告申立書が当裁判所に提出されたのは、昭和四五年七月四日であることも同申立書に押捺された受付印により明らかである。
そうとすれば、本件抗告は即時抗告期間経過後になされた不適法なものであるから却下を免れない。
よつて、抗告費用の負担につき、民訴法第九五条第八九条を適用し、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 伊藤淳吉 裁判官 宮本聖司 裁判官 土田勇)
抗告理由書
一、更正処分取消請求訴訟の訴訟物は更正処分の違法性一般であり、本件においては被告が国税通則法一六条、二四条に規定する更正処分の要件たる事実が存しないに拘らず敢えて更正処分を下したことが、課税手続法規たる右法案に違反し、それ故に違法であるというにある。
二、通則法一六条一項一号は、申告納税方式につき、「納付すべき税額が納税者のする申告により確定することを原則とし、その申告がない場合又はその申告に係る税額の計算が、国税に関する法律の規定に従つていなかつた場合、その他当該税額が税務署長又は税関長の調査したところと異なる場合に限り税務署長又は税関長の処分により確定する」とし、同法二四条は更正について「税務署長は、納税申告書の提出があつた場合においてその納税申告書に記載された課税標準等又は税額等の計算が国税に関する法律の規定に従つていなかつたとき、その他当該課税標準等又は税額等がその調査したところと異なるときは、その調査により、当該申告書に係る課税標準等又は税額等を更正する」とする。
申告納税制度のもとではかように税額等の確定を原則として納税者の申告に係らわせしめ、特別の場合に例外的に税務署長が申告に係る税額等を否認して確定することができるのである。二四条は更正の要件事実を定めるものであるが、更正は右要件事実が存する場合に限つて適法になし得るものであり、右事実の不存在に拘らず為された更正は違法である。通則法二四条はいわゆる国税手続法規であると解されるので、更正が右法案の要件を充足していないのに為された場合には、更正は手続的に違法なものとして、処分の違法性一般の違法事由を構成し、取消を免れないものである。
三、右二四条の規定する更正の要件事実を要約すると次のようになる。
(一) 納税申告書の提出があつたこと。
(二) 右に記載された課税標準等が法の規定に従つていなかつたこと。
又は、
(三) (イ)税務署長が調査したこと。
(ロ)申告税額等が右調査税額と異ること。
即ち(一)-(二)又は(一)-(三)の事実が客観的に存在しなければならないのである。
右要件事実は、処分当時に存在しなければならないことは、右要件事実を前提としてはじめて更正をなし得るとする法の規定よりして明白である。そして更正は「その調査により」とあることから明らかなように、調査の結果に基づき行なわれることを要するのである。
四、従つて更正処分が適法に為されたか否かはまず、第一に法二四条が定める更正の要件事実が処分当時に客観的に存在したか否かにかかる訳であるので、右要件事実の存否の確定が必要とされる。
本件は前記(一)-(三)の場合であるから(一)-(三)の要件事実の存否を判断しなければならない。
(一)の存在は当事者間に争いがない。
(三)(イ)及び(ロ)の事実は原告に於て否認しているので被告は右事実の存在につき主張、立証責任があるといわなければならない。ところで被告は単に「原告が調査に非協力的であつた」ことを理由として調査した旨主張するにすぎず、その調査の具体的内容、算出方法(推計方法)等については全く主張、立証をしていない。
原告は調査の結果把握した税額等を否認しているので被告は右点につき立証をする義務がある。
そして被告が右税額等を立証するためには、その基礎となる事実又は資料及び推計方法を明らかにして、右税額等が合理的であり、客観的なものであること、即ちそれが申告税額等と異つていることを明らかにしなければならないのである。
本件での最大の争点はまさに右にあるのであつて、それ以外の何ものでもない。
ところが被告は被告の調査した税額等を立証するのに、被告が処分時までに収集した事実、資料及び推計方法を明らかにせずして、これに代え、異議申立、審査請求の段階又は訴訟提起後に被告又は国税局が収集した事実、資料及び推計方法等を提出してこれを為しているのである。
しかし、更正処分後に被告又は第三者が収集した資料や、算出に用いた推計方法は、被告が更正処分時に保有した事実とは異つている。
それ故右を事実をもつてしても(三)(ロ)の事実の存在を立証したことにはならないことは当然である。
このような立証方法は明白なるスリカエであつて争点から完全にそれていると訴せざるを得ない。
五、被告が立証すべき事実は、処分の基礎となつた税額等そのものである。被告は訴提起後に再三に亘り調査し、「客観的租税債務」は更正額以上あつたのだから更正は適法だ等と主張している。被告のいう「客観的租税債務」自体数度変更を余儀なくされたことからみて、それは到底推信出来ないものであるが、それをしばらくおくとしても、ここで問題にしているのは租税債務の額の如何ではない。
租税債務の如何は租税の実体に関することである。
本件の最大の争点は租税債務の如何にあるのではなく、まず第一次的に更正という権力的処分の発動の要件たる事実が存したか否かである。
これは更正の手続に関することである。これを更正の実体と混同してはならない。
六、原告が提出を求める文書は更正をなすにつき被告が算出の基礎とした資料一切(課税効率表を含む)である。
原決定は、右文書は「処分庁たる被告が原告の確定申告の当否の調査資料として一方的に自己使用のために作成したか又は所持するにすぎない」ものとして提出、命令の申立を却下した。しかしながら右は法二四条を正解しないところの全く誤つた独断である。
まず右資料は単なる調査資料ではない。
右資料に基づき一旦更正が下された以上それは更正を根拠づけるものとして特別の意味を持つに至る。
更正は申告を否認し、国民に不利益を課すものである。従つてそれは単なる参考の為の資料と異り 権力の発動を理由づけるところのものである。
又「一方的に自己使用のために」作成したものでもない。更正が出されるまではそうかも知れないが、更正が右に基づきなされた以上、更正は国家と国民との間に法律関係を発生させるのであり、その故に一方的に自己使用の為のものと目さるべきではない。むしろ更正がされたからには、右資料は被告と原告との間の法律関係につき作成されたものなのである。
更正の基礎となつた資料は、更正が為された限りにおいて、まさに民訴訟三一二条三号後段に該当するものである。
七、よつて原決定は通則法一六条、二四条、民訴法三一二条三号の解釈を誤つたものであり、破棄さるべきものと確信する。